牡羊座でこの世に誕生した魂は、牡牛座の段階で地上に降りてきます。

地上に降りる時に、肉体という三次元的な物質を身にまとうことで、

この世で生命を持つことが許されるのです。そのため牡牛座は、

その生命を生きることがテーマとなります。

 

生命を生きるために、まず大事なことはエゴを育てることです。

「何が欲しいのか」

「何を必要としているのか」

「どうしたいのか」

こうした欲求を感じることは、自分自身のニーズを認識していくことに繋がっていきます。

この段階で、自分自身の要求を明確にしていくことは、いずれに大人になった時に

「私は何がしたいのだろう?」という迷子になることを防いでくれるのです。

牡牛座の段階で、喜びの感じ方を身に付けることは、健全な大人になるための条件といえるでしょう。

 

このことを植物に例えてみます。

牡羊座は、植物に例えると、「発芽」という段階です。

種子から芽を出す瞬間を「誕生」と考えることができるからです。

実際に牡羊座の時期は、多くの植物が芽を出す時期です。

 

それに対して、牡牛座の時期は、茎や葉を展開させていきます。

5月の森は新緑の淡い緑の葉が茂り、そこに太陽の光が反射することで

キラキラとした輝きに満ちています。その姿は、見るもの全てに

新鮮な空気を運んでくるようなムードがあります。

 

そのキラキラという現象の正体は光合成です。

この光合成という工程は、植物の成長に必要な炭水化物を作り出し、

その炭水化物で、植物はボディを作っていきます。

 

光合成の時期は、植物にとって最も他の植物と競争をしないといけない時期です。

なぜなら光合成に必要な太陽の光を確保しないといけないからです。

植物は他の植物と競争したり、あるいは戦略的な作戦をたてたりしながら

光合成に必要な太陽の光を取りにいくのです。

 

人間から見ると、美しい自然の営みであり、調和した姿に見えますが

それは生命を育てるために、我れ先きにと太陽の光を取ることを争っているのが植物の実情です。

牡牛座の命を育てるという行為は、こうした植物の行為ととても似ているといえるでしょう。

 

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牡羊座の「魂」に対して、牡牛座はその魂を入れる器の「肉体」と言われていますが、

この「魂」と「肉体」には、それぞれ別々の次元の異なるルーツがあります。

 

魂のルーツは、転生によって何度も生まれ変わりをしている過去世からの道筋です。

その魂がこの世に降りてきた瞬間を牡羊座は表すわけです。

火のエレメントが表す「精神性・スピリット」という言葉は、転生を繰り返す

魂の領域から生まれたものと考えることができます。

そのため、火のサインは、何かに属するというより「個」というテーマが強いといえます。

 

それに対して、肉体のルーツは、遺伝的な道筋であると考えられます。

先祖代々から引き継いできた系譜の結晶が牡牛座にあります。

生物の遺伝子が次世代に更新される時に最も重要なことは、環境に対応した

強い遺伝子を残すことです。そのため、先祖や両親と比べると、ある側面においては

必ずこの世を生きるために有利な遺伝子を持って生まれてきたと考えられます。

一族の繁栄が遺伝子のミッションなのですから。

 

牡牛座のテーマとして「資質」というものがありますが、それはまさにこのことを言っています。

「五感」も同様に肉体を構成する細胞によって作られており、それは先祖代々の

遺伝子をルーツにしています。また「お金」も同様のことがいえるでしょう。

 

そのため、牡牛座が五感を通して、自分自身の欲求を感じ、要求する姿勢は、

決して個人的な我儘という領域ではなく、血統を通して「遺伝子によって現在の肉体に送り込まれた、

この世を生きるための重要な要求」であるといえるでしょう。

 

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さて、今年の牡牛座ですが、まず4月26日に牡牛座7度で新月を迎えます。

そして、5月11日に蠍座21度に月が移動し、そこで満月を迎えます。

牡牛座の時期の新月と満月は毎年あるわけですが

今年は7度と21度という7の倍数がテーマになっているのが解ります。

 

「牡牛座の新月ではじまり、蠍座の満月で満ちる」という太陽と月との関係は、

牡牛座的なことが新月で始まり、蠍座的なことが加味されることで、それが満ちると解釈していきます。

 

例えば、「欲しい物を手に入るように願う」という、まさに牡牛座的な願いを新月ですると

満月では「欲しければ、まずは分け与えろ」といった蠍座的な機会や気づきが加味されることで

最終的な落としどころが見えてきます。

 

今年の新月は牡牛座7度。

サビアンシンボルは「サマリアの女」です。

これは「辺境にこそ天啓がおりる」といわれている度数です。

 

牡牛座は一つ前の6度で、新しい領域に橋をかけました。

そして、その新しい領域は、牡牛座にとっての辺境の地であった、というのが7度です。

つまり、心理的に迫害されるような場に入っていったことになります。

あくまでも牡牛座ですから、それは例えば、自分とは全くことなった容姿や経済力、

あるいは人望や集団と出会い、その違いに打ちのめされるようなことであるいえます。

 

「サマリアの女」は新約聖書のヨハネによる福音書4章に出てきます。

サマリア人は大罪を犯したことでユダヤ人から迫害を受けていました。そのため、サマリア人は

辺境の地にひっそりと生きていました。その中に既に5人の男性と離婚を繰り返していた女性がいます。

その女性がヤコブの井戸で水を汲んでいると、キリストから「わたしに水を飲ませてください」と声をかえられます。

ユダヤ人の男性がサマリア人の女性に公の場で声をかけるというのは、

当時の社会的環境ではありえないことでした。しかも「水をください」と言わることはありえないことでしょう。

 

キリストから声をかけられた女性はこう言います。

「あなたはユダヤ人なのに。どうしてサマリアの女の私に、飲み水をお求めになるのですか」

それに対してキリストはこう答えます。

「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを

知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう」

この生ける水は英語では「living water」と訳されています。

この後、サマリアの女はキリストといくつかのやり取りをしながら

「生ける水」得るためのきっかけを見つけていきます。

 

つまり牡牛座7度は、自己憐憫や被害者的意識を持ちやすい状況を体験することで

はじめて「生ける水」を得ることができると解釈できます。

 

満月の牡牛座21度のサビアンシンボルは「開いた本を指す指」です。

そして、オポジションの月の蠍座21度のサビアンシンボルは「職務放棄兵士」です。

21度という度数は、どのサインであっても自分の資質や個性を最大限に発揮し欲しいものを取りに行く度数です。

 

牡牛座は、自分自身の感覚が間違っていないという確信を持つことで、

あらゆることを決断する力を持ちます。「牡牛座の感覚」とは「内側から溢れてくるような駆動力」です。

「そこに行きたいー」でも「そこに行ったら欲しいものがあるかも…」でもなく

「そこに行けば必ず欲しいものがある!」といった確信めいた感覚です。

 

何かが欲しくて行った場所で迫害を受け苦しみますが、結果的にそこで手に入れた

「living water」はこの21度で、枯れることのない内面の泉に変容していきます。

 

その時、オポジションの月である蠍座の21度は、

職務を放棄する兵士のような「信念」や「意思に固さ」を表します。

絶対に諦めないハートの強さと自分を信じ続けることのできる信頼に対する自信を

持っているのが蠍座21度です。願望達成には最強の組み合せといえるでしょう。

 

牡牛座は、時として自分にないものに目がいきがちです。

そして、そのことを憂いたり、あるいは他者に要求したりします。

しかし、蠍座の影響を受けることで、「欲しければ与えることだ」という考え方や、

「他者のものも自分のものも同じである」と考えることができるようになります。

また、先祖が残してくれた遺伝子が、自分で思っている以上に大きな宝物であることに気が付くかもしれません。

 

太陽と月の関係は29日周期の関係ですから、それほど大きなことではないかもしれません。

ただ、この時期にこうしたテーマがあったと思える人は、しっかりと振り返ってみるといいでしょう。

「落胆」と「確信」のふり幅が大きければ大きいほど、今年の新月満月の反映といえます。

どこかに大切な天啓が隠れているかもしれません。

 

東海 豊

 

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